オオカミの群れ

 かすかな街灯の光に浮かぶひっそり感の公園。今はつぶれた社宅に付属している、奥まった敷地にある児童公園だったが、いまでは主のいない閉ざされた空間にしか過ぎない。壊れ掛けのシーソーと、デコボコになったままの砂場。そして、かすかに漂う有機溶剤のにおい。
「なぁ、あるだろ? キラカード」
 1人の気の弱そうな少年を取り囲む‥‥それもまた少年。
 しかし、彼らの年は15前後だろうか?
「な‥‥無いよっ!!」
 その少年の精一杯の抵抗。しかし、例の少年は意に介さずに更に迫る。
「いいから出せよ!!」
 強引に鞄を奪い取ると、中を手荒く探る。
「ほら、あるじゃんかよ」
「‥‥だって‥‥だっ‥‥」
 放り投げられた鞄を慌てて拾うと、そのまま逃げるように去っていく。
「お、こんなのもあるぜ」
 彼等の言っている『キラカード』とは、最近少年達に間ではやっている遊び、トレーディングカードゲーム、通称トレカの中でも希少価値の高いカードの事である。
 偽者を防ぐためのホログラム印刷の装飾によりキラキラ光って見える為、『キラカード』と呼ばれているが、その希少価値が故、なかなか手に入らない。中には20万円以上プレミアの付いているレアカードもあると言う。
 結果、この様な一件もたまにある。
「ほらよ、お前コレ持ってないんだろ?」
「う‥‥うん」
 カードを受け取っているのは、声変わりもしないほんの子供。彼が特に目を掛けている少年だ。髪は脱色した金に近い茶髪、そしてレザー系の服装に、錨打ちアクセサリー。
 そんなふさけた風貌だが、彼は最年少のメンバー。まだ小6である。
 無論そんな小学生を目を掛けてやっている少年の素性は‥‥聞くだけ野暮と言うものだ。
「じゃあ、またな」
 そう言って、彼は少年と別れた。
 何か、割り切れていない気持ちを残して。

 彼の家はその地域では高級とされているマンションの一室。ポケットから携帯電話を一緒に繋いである鍵を差し込む。石の棺のような鈍い音と共に玄関のドアが開く。
 彼は何も言わずに靴を脱ぎ、自分の部屋へ向かう。誰とも会わずに。

「ただいまぁー」
 彼が帰ってきてから、数時間後。もう、時計の針は九時を回っている。
「‥‥何よぉ、玄関の明かりぐらい着けたらどうよ?」
 彼の母親らしき人らしい。少しお酒が入っているらしく、上機嫌である。
「だったら、ちゃんと帰ってこいよ」
 彼は、ゲームの画面から視線を外さずに言う。母親の顔を見ずに。
「何よ、翼ったらそんなコワイ顔して。やーねぇー」
 翼、それが彼の名前である。
 母親が付けたのだが、要はその時母親が好きだったアイドルの名前をそのまま付けただけである。
「あ、夕御飯どうするぅ?」
「いい、コンビニで買って食べた」
 彼には父親が居ない。シングルマザーである。そしてその母親は前の夫から貰った莫大な養育費(慰謝料、とも言う)を使いまくり、今は男を取っ替え引っ替え。帰る時間もバラバラだ。
「疲れた、寝る」
 翼はそう言って、さっさと自分の寝室に入り、布団に潜り込む。
(‥‥何なんだろう‥‥この空しさ‥‥)
 翼が布団の中でふと思ったとき。
 彼の体は突然、光に包まれた。
「なっ‥‥!?」

(お前は気付いている筈だ)
 そんな声が聞こえた。
「え‥‥誰‥‥?」
(お前は、他の誰かの後ろで付いているだけの様な人間ではない)
 ドキリとする翼。
 翼は、付き合っている少年の背中を見ながらふと思っていたのである。
『邪魔くせーなー』
(お前は、人の上に立つ。頂点こそが相応しい人間になるべきだ)
「でも‥‥そんな力無いよ‥‥」
(ならば与えてあげよう)

 ふと目が覚める翼。
「夢‥‥?」
 しかし妙な現実感が残っていた‥‥しかし。


 いつもの午後。
 翼はいつもの場所で例の少年とたむろっていた。
 しかし、いつもは感じないイラつきを無性に、激しく感じていた。
「なぁ、またアイツを呼んでこいよ」
 その少年がそう言うと‥‥。
「うぜぇんだよっ!!」
 翼が急に怒鳴った。
 普段はあまり感情を表に出さない翼が、である。
「何も言わねぇからって、いい気になってんじゃねぇよっ!!」
「テメェ‥‥俺が可愛がってやってんのに、その態度はなんだぁ?」
 翼の胸ぐらを掴む少年。
「‥‥俺に手を出すんじゃねぇっ!!」
 どごぉっ!!
 翼の拳が少年の左頬にめり込む。
 拳から伝わる、歯の折れた様な感覚。
「あ‥‥あがっ‥‥」
 まるでプロ格闘家のような驚異的な力。
(‥‥!!)
 翼は直感で感じた。夢の中の出来事が本当だった、と言う事を。
 その少年は脅えるように、よろめきながらその場を立ち去った。

 その後。翼は一気に自分の一党を作り上げた。相手が誰であろうと、その力で手に入れる。筋者の玄人を半殺しにしたこともある。
 彼、─相島 翼─のが今まで感じていた理想が現実のものとなった。‥‥まやかしの現実として。