情 ─ココロノウタ─

「ねーねー、竜彦クン。一緒に帰ろ」
 彼、矢野竜彦の周りには人が絶えない。
「え‥‥いいよ」
 優しい笑顔に、センスの良い服装。学級委員長という様なリーダー格ではないのだが、その自然体の性格が好感を保てているようである。
「じゃぁ、校門のトコで待っててよ」
 矢野は鞄を抱えると、下駄箱まで早歩きで向かう。
(まただ‥‥)
 外履きの靴の上に手紙が数通。殆どが女子からの手紙である。また、という感想からも以前からちょくちょくあるらしい。
 しあし、その文章の殆どが『優しい』『カッコイイ』『付き合って下さい』に終始する。 矢野はその手紙を面倒くさそうに鞄に突っ込むと、靴を履き替えて校門に向かう。

「あのさぁ、またやってよアレ」
「え‥‥あぁ、クレーンゲームのやつ? いいよ」
 そう言って、ゲームセンターに入る矢野とその取り巻き。
「っと‥‥」
 矢野は、さも普通に筐体の中に鎮座しているぬいぐるみを取っていく。
「すごーい、矢野君!!」
「そうかな。慣れだよ」
「アタシなんか、ちーっとも取れないんだよ」
「頑張れば何とかなるって」
 当たり障りのない会話。そして、何事もなく過ぎる時間。たまに視線を感じて、そちらを見ると高校生や大学くらいの女性が矢野の事を見ている。それも慣れていた。いや、慣れてしまった。
「じゃあね。ありがとー」
「じゃあね」
 ゲームセンターで一通り遊ぶと、その友達と別れ、1人帰路に就く。
「ただいま」
 しかし、誰もそれに応える者はいない。玄関から直ぐに入る台所の上には、彼の夕食らしきものがラップにくるまれてあった。
『レンジで温めてから食べてね 母より』
 使い回されているのか、そのメッセージが書かれた紙も所々が汚れている。
 実際、本人が作っているとしても、味気ない食卓である。彼自身、遊ぶのに苦労していないのも夫婦で共働きをしているからでもある。
 でも、実際は家庭より仕事にやりがいを感じて居るんじゃないか、子供心に感じている
矢野であった。

 味気ない夕食も終わり、何の気無しにテレビを見ていたとき。ふと、テレビ画面が白くなった。

(今のままで良いのか?)
「え‥‥?」
(本当の愛情は欲しくないのか?)
 欲しい、そう言いかけた矢野。しかしテレビの向こうでは、それを分かっていた、
(自分をごまかすな、受け入れるんだ)

「‥‥ひこ、たつひこ!! 竜彦!!」
 母親の声にようやく気付いたのか、ハッと目を覚ます矢野。
「こんな所で寝てちゃ風邪引くわよ!!」
 スーツ姿の母親が目の前にいた。
「う‥‥うん」
(夢‥‥だったのかなぁ‥‥?)



 彼は明らかに変わっていた。
 いや、見た目外見はそのままだが、その言動は一目瞭然であった。
「ねぇねぇ、今日さ寝坊しちゃって算数の教科書忘れちゃったんだけど、貸してくれる?」
 矢野は別のクラスで自分に気のある女子にそう言って近付いてきていた。無論、以前に自分に手紙を送っていた女子である。
「え‥‥うん‥‥いいよ」
 気のある彼女が断る筈もない。
「ありがと。後で一緒に遊ぼうぜ」
 そう言って、更に一間合いを詰める矢野。完全に確信犯である。その後も、矢野は明らかに自分の容姿を利用し、女子のハートを鷲掴みしていった。
 そして。

「お姉さん、ボクの事見てたでしょ?」
 ゲームセンターで彼の事を見ていた、明らかに大学生くらいの女性に声をかけ始めてい
た。
「え‥‥何かなボク」
「あのさ、ゲームでちょっと遊び過ぎちゃったんだだからさ」
「うん、いいよ。いくら?」
 妙に気前の良くなった女子大生は普通に財布の紐を緩めた。
「1万円」
「‥‥え?」
「冗談だって、千円。帰りのバス代だから」
 その女子大生は何も疑問を持たず千円を彼に渡してしまった。

 彼、矢野竜彦は本当に変わってしまったのだろうか‥‥?